反応してしまう後継者

このエントリーをはてなブックマークに追加


おぼろげですが…
「嫌われる勇気」で有名なアドラーが
『悩みのほとんどは人間関係によるものである』
と何かに記していたように記憶しています。

この主張に反論する人はほとんどいないでしょう。

仕事をしている人であれば、
自分を悩ます同僚、上司、部下の顔が
思い浮かぶのかも知れません。

また、配偶者、子供、親、兄弟などの顔が
思い浮かぶ人がいるかも知れません。


「○○(←後継者)話がある。社長室に来るように…」
と経営者である父にに言われたら、

子である後継者は、ちぇ!と舌打ちし、

・何を言ってくるのだろう?

・また、文句だろうか?

・いつも自分を目の敵にして…

・めんどくせーなー!社長室に行くのよそうかな

・話なんかしたくない。顔を見たくもない

と思うのかも知れません。


自分に近い人と接する場合「刺激→反応」が瞬時に起こります。

例えば、
・苦手な相手の顔を見ただけで表情が険しくなってしまう
・話をする前から肩に力が入っており臨戦態勢となる
・気分がかっかかっかし、血圧が上がる
などなど枚挙にいとまがないはずです。


先日、とある本を読んでいたら
『刺激と反応の間にはスペースがある』
と書いてありました。

刺激があれば瞬時に、自動的に、反応するのではなく、
刺激のあとのスペースで人は冷静になることができる。
そのスペースで自分なりに刺激について考えることができる。
従って「反応は主体的に選択できる」のだそうです。

上の例でいえば、
経営者である父に「社長室に来るように…」
と言われたら、ちぇ!っと舌打ちし、ネガティブなことを
考えるのは後継者が選択した結果、ということになるのでしょう。


似たようなことをある人が
『刺激を感じたら、その人の脳内辞書で刺激の意味を独自解釈する。
解釈した意味によって感情は変化し、その後の言動が変わる』
とおっしゃっていました。

(※脳内辞書:その人独自の意味づけ)

う~む、なるほど。
では脳内辞書を書き換えると自分が抱く感情を変えることができ、
言動が変わる、ということか…

しかし、その実践は難しそうですね。
頭ではわかるのだけど…

そんな時は、
「選択するのは自分である」と言い聞かせた後、
その場を離れたり、深呼吸したり、飲み物を飲んだりしてみる。
すると、少しは「刺激→反応」の間にスペースを作れる
かも知れないと思いました。

やはり、自分が変わらないことには何事も始まらないのでしょうね。

(血縁関係など過去の記憶・経験にとらわれている場合、
脳内辞書を書き換えるのは難しいのでしょうけど…)

Follow me!

カテゴリー: 未分類 パーマリンク

コメントを残す